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ベビースプーンベビーリング地金歴史

銀について <2>

2021.2.26

 銀についての2回目です。
 前回は銀の特徴と歴史でした。今回は文化的な側面です。

金の太陽、銀の月

 古代エジプトで見られた金と太陽、銀と月のつながりは、どちらも輝きを放つこととその色から発想されると考えられ、故に世界各地でみられます。例えば古代中国の陰陽でも、陽は太陽と金、陰は月と銀に象徴されます。ギリシア神話では、金は太陽神アポロンに、銀は月の女神アルテミスに属します。アルテミスは銀の戦車に乗り、銀の弓で銀の矢を放つ姿で描かれます。

 ヨーロッパ中世の錬金術の時代には、銀は古代七金属の一つにも数えられました。錬金術は、鉄や鉛といった卑金属を金や銀といった貴金属に変える試みです。錬金術は占星術との関わりが重要視され、一方の理解が他方の理解に役立つと考えられていました。やがて天体と金属を対応させるようになりますが、ここでも金は太陽の、銀は月の象徴とされました。錬金術師は、銀をアルテミスのローマ名であるダイアナとよび、弓張月を銀の象徴としました。同時に金に対する銀は、神の精神に対する人間の精神、男性に対する女性を意味しました。

ベビースプーン

 “born with a silver spoon in one’s mouth“
 ヨーロッパの言い回しです。直訳では“銀のスプーンをくわえて生まれてくる”となります。”裕福な家庭に生まれる“、“生まれついて幸福“といったような意味です。ヨーロッパでは、銀器は富の象徴であり、またお守りや魔除けの意味も併せ持っています。

 魔除けのいわれはいろいろあるようです。例えば毒に対して反応すること。青酸カリやヒ素化合物は銀と反応して変色するため、中世から王侯貴族に愛用されました。ハプスブルク家やフランスのルイ14世が用いて流行し、裕福な家でも銀食器が好まれるようになりました。また熱伝導性の高さから食事の際に口の火傷防止になるとか。一方、反射率の高さは白い輝きとして純潔、無垢の象徴とされ、祭祀の道具に用いられたことも挙げられます。銀にまつわるこのような要素が、初めての食事を銀の食器で摂ると一生食べるものに困らないという言い伝えと結びついて、ベビースプーンを贈る習慣となっています。

 ヨーロッパでは俗信でも銀と月は結び付き、新月の夜にポケットに銀貨を入れておくと2倍になるといわれます。また銀製の武器や弾丸には超自然力があって必ず相手を殺すとされ、魔女などと戦う際に効果的とされました。吸血鬼ドラキュラが銀の十字架を嫌うのと同じ発想です。

 銀は地名の由来ともなっています。例えば、ウルグアイとアルゼンチンの間を流れるラプラタ川はスペイン語で“銀の川“という意味だそうです。また、このラプラタ川が国土の中央を流れるラプラタ副王領は、独立時にこの川の名に因んでラテン語の銀“argentum”からアルゼンチンとなりました。

日本の銀

 さて一方、日本最古の銀製品は、北海道の羅臼町にある植別川遺跡の出土品です。紀元前3世紀、続縄文時代の遺跡で、小刀1点と金属片3点が発見されました。この金属片は銀の含有率90%で、小刀の装飾品であったと考えられています。装飾品としては、植別川遺跡から200年ほど時代をくだった、弥生時代中期の惣座遺跡から出土した銀製の指輪です。

 その後、紀元前100年頃にも朝鮮半島から銀製品が伝わったものの、普及しなかったようです。 天武・持統天皇期の7世紀後半〜8世紀の飛鳥池工房遺跡に最古の銀製品の工房が発見されましたが、やはり広く伝わるには至らなかったようです。 

 さらに時代がくだり、室町時代になると各地で銀山が発見されるようになります。1526年の石見鉱山の発見と灰吹法による現地精錬の成功を契機に、生野銀山や院内銀山などの開発も進み、拡大を続けます。17世紀に入り、スペインの植民地で発見されたポトシ銀山の銀がヨーロッパはおろか対中貿易まで席巻するようになって影響力は衰えるまで、日本の銀は最盛期で世界の3分の1のシェアを占めていました。

私と銀

 ジュエリー作家としては、銀はなくてはならない素材です。スターリングシルバーは、金やプラチナに比べて安いとはいえジュエリーとしても成り立ちますし、何と言っても加工しやすい。原型を作る際にも、銅では柔らかすぎ、真鍮では硬すぎる場面が多々あります。変色が困る物の時は、ロジウムメッキをかければ気になりません。もっとも、手に触れながら徐々に変色した銀製品の味わいは、ホワイトゴールドともプラチナとも違う独特の銀色。いぶし銀という言葉が示す通り、傷までも特長として味わい深く柔らかく、手に目になじみます。

 宝飾品を学ぶ学生のほとんどが、最初の作品は銀で作ります。私も高校生の頃、初めて作った作品も銀でした。学生の時にはインディアンジュエリーが好きで、今でも一番触れている金属は銀。特別な金属となりました。

 次回は金かダイヤモンドか、どちらかです。